感想レビュー 【No.12】ローカリズム宣言「成長」から「定常」へ

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僕が地域に逃げる理由が分かりやすく言語されていて、最後の章を読みながら涙を流していました。

 

なぜ若者が都市を目指し、地域移住するのか。

僕は地域移住組の若者の一人で、なぜ地域移住したいのか理由はあるが明確ではなくてぼんやりしていたから、この一冊を読んでみました。

地域移住に興味がある若者には共感できる内容です。

 

 

これから君たちはどう生きるか

この本を読んでみて、特に共感できる章は第14章の脱「査定」でした。

若い人が地方から東京に向かう理由は、「雇用面で有利だから」だけではありません。(省略)理由は「自分の能力を適切に評価される」ことを望からです。

 

都市には日本中から「われこそ」という野心を持った若者が集まってきます。

 

自分の格付けがわからない限り、何をしていいかわからない。自分が「何をしたいのか」よりも自分は「自分はしてよいのか」「何を望んでもよいのか」それを知りたいのです。

 

現代社会から活力が失われているのは、それのせいなのです。才能のある若い人たちが、「自分だけにできることは何か?」にはさしたる関心を示さず、「みんながしていることの中で自分はどれくらいのランキングに格付けされるのか」に優先的に関心を示すからです。その結果、競争が激烈になればなるご社会からか㏍が失われるという逆説的な事態が生じた。

 

これが都市部へ向かおうとする若者の思考のようです。この時点で僕は「そうなの?」と驚き、「僕は全然その気がないな。むしろ比較社会が嫌いだから、自分が求められていそうな地域に逃げることばかり考えているな」と感じました。

 

地方に向かう若者たちはたぶんこの「査定を求める若者たち」とは逆の方向をめざしているのだろうと思います。

 

査定を忌避する人というのは、「自分は生まれつきこういう人だから」と受け入れて、「変わりようがない」とどこかで諦めている人なんじゃないかと思います。

この文を読んだ瞬間に首が取れそうになるぐらい、縦に揺れていました。

確かに僕はこのタイプです。

嫌いことややりたくないことがいっぱいあって、かといって好きなことで生きていける力はまだないのに、まだみぬ可能性を信じ、地域に逃げようとしています。これは、「僕はあれが嫌で、やりたくない」と分かっているから、「じゃあそれをしないでいい生き方をしよう」と区切りをつけています。他人から見れば「逃げ」や「諦め」と表現されるような感覚です。でも、僕の中でそれでいいんだとなっています。

 

他の人と「同じこと」を同時にやって、その勝敗や優劣を競うということに根本的に興味がなかった。「そんなことして、何になるんだよ」と思っていた。査定を忌避する人たちというのは、たぶんタイプとしてはそれに近いんじゃないかと思います。

はい、全くそうです。たぶんじゃなくて、まさにそうです。

比較されて燃える人の気がわからないし、そんなに競争して何が楽しいの?といつも思っています。各々が得意分野でやりたいことをやりたいようにやっていけばいい、それが自然と「成長」という二文字になってつながっていくんじゃないかって考えています。「成長」という二文字を追い求めて、セミナー行ったり都会に行ったりすることは選択肢にありません。やりたいことやって「成長」につながっていればいいなーという具合です。

 

そのつど自分の「やりたいこと」がはっきりしていて、社会的な格付けによって「やっていいこと」と「やっていけないこと」を線引きされることが我慢ならない。「やりたいから、やる。やりたくないから、やらない。以上」というだけで、自分の判断の「客観的な正しさ」を証明したり、あげつらったりすることにも別に興味がない。

この点、かなり共感です。この時点で涙がこぼれましたね。

 

別にみんながみんな冒険的である必要はありません。そんなにたくさん冒険家がいてももらっても困る。でも、一定の比率で、「やりたいことを、やる」「どういう成果が出るかわからないけど、やる」という人たちがいないと社会は活気を失います。

この言葉に僕は救われたように感じます。常に「成長」や「効率的な」を目指さなくてもいいのだ、冒険的で大丈夫なんだと感じました。

 

「どういう成果が出るかわからないけど、やる」というのはまさに今の心境です。

生きること全てが実験だということに腹おちして、結果はあとから分かることだし、とりあえず実験しておくかという適当さで生きています。ファンクラブを作ったのもそうだし、ヒッチハイクするのもそう。全てまずは実験から入ってみようというスタイルです。

 

この本は今読んだからこそ、響くものが多かったのかなと思います。

また時間を空けてから読んでみようと思います。

 

 

 

それでは、また!

誰もがファンクラブを作れる時代に生きている

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ファンクラブってどういうイメージを持ちますか。

「ファンクラブって芸能人がするものでしょ」

「ファンクラブといえば、先行販売でチケットが買えたり、動画が見れたりするやつでしょ」

「一般人はファンクラブできないよね」

 

イメージは人それぞれあるかと思います。

しかし、先に言いますがファンクラブは誰もが作れる時代になりました。

支援が来るかどうかはその人次第ということになりますが、プラットフォームは誰もが作れるように整えてあります。

一番分かりやすいのが、CAMPFIREのファンクラブでしょうか。

誰でもかんたんに無料で開設! CAMPFIREファンクラブ

はあちゅうさんがこのファンクラブを使って「はあちゅうサロン」というものを4月から始めたため、よく耳にするようになったのではないでしょうか。

これ実は僕も作っています。

「まつぞのだいき」サポーターズ!!! - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

僕が作った段階ではファンクラブに特化したサイトを知らなかったため、企画建てのときにファンクラブ型にして、「まつぞのだいきサポーターズ」を運営しています。

現在、サポーター(支援者)様は2人で、月¥4800の支援をいただいています。

 

僕が「まつぞのだいきサポーターズ」を運営していくにあたって考えていることや思うことはあるのですが、今回こうやって記事にしているのは、あるツイートを見たからです。

 

クリエイター思考の大学生にはかなりオススメします。僕も2月28日ぐらいに開設して、まだ2ヶ月なので試行錯誤しながらの運営にはなっていますが、手応えと可能性を感じています。

廣田さんのツイートにもあるように支援をいただくことで、「バイトを一日休めるためその空いた時間を創作活動に充てる」ことができるのです。クリエイターの人たちにとって24時間という時間はかなり貴重で、どれだけ創作活動に没頭できることか。

 

アルバイトを少ない時給で何時間もやるようなら、自分の生き方をおもしろくし、ファンクラブを作り、支援をいただき、空いた時間を創作活動に充てる。そして、出来上がった作品を世に出していく方がより良い時間の使い方ですよね。

 

ファンクラブを作ったからといってすぐに支援が来るかと言われると人それぞれですが、根気強く「なぜ支援がほしいのか」「支援していただくとどう変化できるのか」を落とし込み、発信していく必要があると思います。僕自身この点をもっと突き詰めて、支援者数が増えていけばいいなと考えています。

 

そして、支援額が出てくるから創作活動に時間を充てることができる以外にも、ここがすばらしいなと思う点があります。

 

それは「継続的なファンがいること」です。

クラウドファンディングで単発的に資金を集めることタイプもありますが、これは継続的というよりも一時的な支援になるのかと感じています。

(時と場合、内容によって異なってきますが)

ファンクラブ型は月額ということもあり、支援者自身が「支援したい」と思う限り継続的に支援をすることができます。継続的に支援を受けることができます。だから、クリエイター思考の大学生が今はつたない作品しか作れないかもしれないけれど、月日が経っていくうちにみるみるとクオリティが上がっていく。その過程を見て、「支援してきてよかったな」と感じることができる。これがファンクラブ型の醍醐味ではないでしょうか。

 

自分が応援する人が大きくなっていく段階、成長していく段階を見るのはとても楽しくておもしろいですよね。まるでその人の親になったかのように。

 

例えば、僕の場合はドローン空撮とブログ運営の成長過程が分かりやすいでしょうか。

ドローン空撮に関しては、

飛ばすことさえもびくびくしていた。

飛ばすのがうまくなってきた

距離と高度を上げても安定した飛行ができるようになってきた

空撮依頼が来るようになった

制作した動画が広く拡散された

 

例えばの話ですが、この段階を一ファンとして応援している身だとすれば非常に嬉しいですよね。「あのときはこうだったけど、海に墜落させていたけど(笑)よくここまでやったね。動画作ってきてよかったね」と成長過程を見てきたからこそ分かる苦労や成長度合いをみることができると思います。

 

もうひとつ例を書きます。

先日友人が歌手になるオーディションを受けて、合格したそうです。

一応援者として非常に嬉しかったですね。

こういった人にもファンクラブを作るのはおすすめです。

いまはオーディションに合格した段階だけど、これから曲を作れるようになります、CD出します、路上ライブします、ファンクラブを作って応援者を作っておくと路上ライブするとき、非常におもしろいでしょうね。

初めての路上ライブなのに、最初から最後まで立ち止まって聞いてくれる人が50人いるとか。最高ですね。

そして、ファンクラブに入っている人は路上ライブ後にこう言うと思います。

「かなり上手になったね。前はこんなだったけど(笑)これからも応援するね」と。

 

僕は過程や段階を共有し、理解してくれるのがファンだと考えています。

 

だから、クリエイター思考の大学生にはファンクラブを運営することをおすすめします。下手な時からの成長過程をぜひ見てもらいましょう。応援してもらえるようになりましょう。僕の創作活動もまだまだ始まったばかりでファンクラブもまだまだ伸びしろがあります。

 

あらためて書きますが、創作活動においてもっとも貴重になってくるモノは「時間」です。どれだけの時間を費やせるかが成長度合いに関わってきます。一流になるには一万時間は最低必要だとも言われますよね。時間の抽出のためにもファンクラブを作って、アルバイトの時間を創作活動に回しましょう。それだけで随分と制作物のクオリティは上がっていきます。

そして、「時間」に関して、イケハヤさんもVoicyで触れていましたね。

イケハヤさんのVoicyはこちらです。

ぜひ聞いてほしいのは「影響力は最強の資本」です。

 影響力は有用で希少性が高い、しかもそれぞれが唯一無二で今後価値が高まっていく。

そして、これがまさに時間についてです。

自分が時間を誰かに提供して、それをある種リターンを得ようとすることを僕はもう無意識でやるようにしています。だってもったいじゃないですか。自分の貴重なね、時間ですよ。お金より貴重ですよね。時間というのは。

 

お金を使わないから時間を出すみたいな感じになっているんですよね。それね逆だと思いますよね。時間の方が貴重なんだから、時間を差し出すことにこそ気をつけたほうが本来はいいですよね。

 

ほとんどの人はお金の方が重要だと思っていて、時間を安売りしているというか、無料で提供していますよね。ということをやってしまっているのが現代なんですよね。これからたぶんね多くの人が時間の重要性に気づいてくる。それは裏を返せばお金の価値が落ちてくるわけですよね。お金っていうのは大して貴重じゃないっていうことにみんな気づき始めるんですよ。僕も最近気づきましたからね。

 

無限に発行できない時間というのはすごく希少性が高いし、あるいはそれに紐づく同じような概念ですよね、無限に存在しないものっていうところの価値がね、すごい高まってくるわけですよ。

 

有益なもの、おもしろいもの、感動させるもの、人の時間をもらってね、しっかりリターンを提供できるっていうようなものをね、作ることですよ。

 

コンテンツを吸収したら、それをしっかり発信する。それでまた人の時間を奪うっていうと変ですけど、人の時間をもらってちゃんと価値を提供していくっていうことをね、やっていけばね、しっかりお金は貯まっていきやすくなる、お金が集まりやすい体質になっていくんですよ。

 

ぜひクリエイター思考の大学生には聞いてほしいです。「時間」の貴重さについて考えることができます。お聞きしたい方はこちらにリンク張ります。

→「時間の搾取に注意しよう

 

 

 

今回は僕が考えるファンクラブについて書きました。

僕自身もファンクラブ運営しておりますので、情報共有などをしていければ嬉しいです。興味ある方は、サポーターになってやってください。

【サポーター入会はこちら】

「まつぞのだいき」サポーターズ!!! - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

 

 

それでは、また!

「お金」の使い道を考える

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田子さんの「デザインマネジメント」を読んで、あらためて「お金」の使い道を考え直そうと思いました。

 

商品というのは、Why(なぜ)からはじまりWhat(何を)How(どうやって)という順序で作られて販売されていくということを詳しく解説されていて、自分が田舎で暮らす理由がうまく言語化されていて読んでよかったです。

 

以前からスーパーで買い物にすることに違和感を持っていて、もっと地産地消ができる環境に身を投じたいなと考えていました。例えば、地元のJA、共同販売店、無人販売などを積極的に使って、地元の人が作って販売までやっている場所に「お金」を落としたいと考えています。

スーパーで買い物するって野菜から肉から魚からトイレットペーパーから飲み物、総菜までなんでも売っていて非常に便利ですよね。便利だからついスーパーで簡単に買い物を済ませてしまいますよね。

 

しかし、僕はスーパーで買い物する=「お金」を落とすことに違和感を持っています。

スーパーっていっぱい食材が並べられているけど、誰がどのような気持ちで作ったのかが全然反映されていませんよね。スーパー”だから”反映されていないのかもしれません。マックスバリュに行くと、店舗によっては野菜コーナーに「○○さんが作っています」と写真付きで添付されている場所もあります。しかし、これでも物足りなさを感じます。

 

「お金」を使い道を考えたときに、ただ商品を買うのではなく、そこにプラスアルファ何かを付け加えることができれば、今よりも気持ちよい「お金」の使い方はできるのではないかと考えています。

人はただモノを手に入れるよりも、プラスアルファ体験に価値を見出してモノを手に入れようと考えているのではないでしょうか。修学旅行が分かりやすいでしょうか。修学旅行の醍醐味と言えば、家族に渡すお土産ですよね。お土産渡すとき、無言で「はい」と渡しますか。

多くの人は「あそこでねこんな出来事があって、ここでこうしたことが楽しかったんだよ。そこで買ったお菓子がこれなんだ」ってモノと体験を同時に家族に伝えながら渡したことかと思います。現に僕はそのタイプでした。

 

モノと体験が組み合わさるから、渡したモノに対する価値は貰った側からすると高まるわけです。「あー楽しかったんだね!ありがとう!みんなで食べようね!」と。

キングコング西野さんの「革命のファンファーレ」にも「体験」について詳しいことが書かれていました。

 

この感覚と似たもので、なぜスーパーに違和感を持っているかというと、体験がないからです。一つの野菜を作るのに土作りから始まって、苗植え、手入れ、水やり、収穫などといった苦労を販売する過程でやっていると思うんです。なのに、スーパーはその過程が全く見えないし、聞くこともできません。

しかし、共同販売店はレジにいるおばあちゃんやおじいちゃんがエピソードという体験を提供してくれます。「これはね、あそこの○○さんが作ったんだよ。今年は台風があって少し量が少なかったみたいだけど、かろうじて残ったのがいま売られているんだよ」と。

 

このできる過程のエピソードを聞くだけでも、共同販売店で「お金」を使いたいなと思いませんか。

 

ぼくは沖縄県にあります古宇利島で、大学1年生から3年生までの3年間、さとうきびの苗植え、収穫、黒糖つくりをお手伝いさせてもらっていました。黒糖つくりを行う小さな工場は来客した人が作っている様子を見学できるようにオープンにしていました。オープンにしているので、甘い匂いや煙が外に出ていきます。それにつられて観光客の人や古宇利島に遊びに来た人たちがふらーっと立ち寄るわけです。

そして、出来立ての蜜(固まる前のもの。これが本当においしいです)や黒糖を振る舞って、目の前で「あっつ!」「おいしい」「こんなの初めて食べた」などといった感想を聞くことができます。

僕はこの瞬間がとても大好きでした。

そして、代表のおじちゃんが「ここの黒糖はうまいんだよ」って自慢気に語るのです。

僕はこう語るおじちゃんの背中がとても大好きでした。

今はおじちゃんが体調不良でサトウキビ生産を辞めてしまいました。あの輝いた一部分をもう見れないのかと思うと、少しさみしい気持ちになります。

 

この経験があるから、僕は「お金」の使い道を考えて、誰にお金を落とすのか、なぜ落とすのかを考えながら生きていこうと決めました。

「食」以外でも同じだと思います。

髪切るための美容室や理容室、洋服購入、食器、家電製品など。

 

高いモノは買わない、安いモノは買う。

これだと心まで貧乏になってしまいそうです。

高いモノには何かしらの唯一性がある背景や想い、デザインがあると思います。

安いモノは全部とは言いませんが、とりあえず大量生産されたモノなのかもしれません。

 

「最近は野菜が高い」

 

よく耳にします。しかし、いまあなたがその野菜を目の前にしたとき、作ってくれた人の背景や想いを聞くことができれば、他の野菜より多少高くても、何の迷いもなく「買う」という選択肢を選ぶのではないでしょうか。

 

僕はそういう世界こそがすてきで、美しいと考えています。

 

「お金」の使い道を考える。

 

モノと体験を提供している場にこれからも「お金」を使っていこうと思います。

そして、僕が大好きな農業に貢献できればと思います。

 

農を学ばざるもの食うべからず

農について考えるキッカケを与えてくれたのは佐藤ゴーシ先生の「自炊男子」でしたね。農業と自炊の関わりについて非常に勉強になりました。

 

 

 あなたもぜひ、「お金」の使い道について考えてみてください。

 

 

 

 

それでは、また!