「お金」の使い道を考える

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田子さんの「デザインマネジメント」を読んで、あらためて「お金」の使い道を考え直そうと思いました。

 

商品というのは、Why(なぜ)からはじまりWhat(何を)How(どうやって)という順序で作られて販売されていくということを詳しく解説されていて、自分が田舎で暮らす理由がうまく言語化されていて読んでよかったです。

 

以前からスーパーで買い物にすることに違和感を持っていて、もっと地産地消ができる環境に身を投じたいなと考えていました。例えば、地元のJA、共同販売店、無人販売などを積極的に使って、地元の人が作って販売までやっている場所に「お金」を落としたいと考えています。

スーパーで買い物するって野菜から肉から魚からトイレットペーパーから飲み物、総菜までなんでも売っていて非常に便利ですよね。便利だからついスーパーで簡単に買い物を済ませてしまいますよね。

 

しかし、僕はスーパーで買い物する=「お金」を落とすことに違和感を持っています。

スーパーっていっぱい食材が並べられているけど、誰がどのような気持ちで作ったのかが全然反映されていませんよね。スーパー”だから”反映されていないのかもしれません。マックスバリュに行くと、店舗によっては野菜コーナーに「○○さんが作っています」と写真付きで添付されている場所もあります。しかし、これでも物足りなさを感じます。

 

「お金」を使い道を考えたときに、ただ商品を買うのではなく、そこにプラスアルファ何かを付け加えることができれば、今よりも気持ちよい「お金」の使い方はできるのではないかと考えています。

人はただモノを手に入れるよりも、プラスアルファ体験に価値を見出してモノを手に入れようと考えているのではないでしょうか。修学旅行が分かりやすいでしょうか。修学旅行の醍醐味と言えば、家族に渡すお土産ですよね。お土産渡すとき、無言で「はい」と渡しますか。

多くの人は「あそこでねこんな出来事があって、ここでこうしたことが楽しかったんだよ。そこで買ったお菓子がこれなんだ」ってモノと体験を同時に家族に伝えながら渡したことかと思います。現に僕はそのタイプでした。

 

モノと体験が組み合わさるから、渡したモノに対する価値は貰った側からすると高まるわけです。「あー楽しかったんだね!ありがとう!みんなで食べようね!」と。

キングコング西野さんの「革命のファンファーレ」にも「体験」について詳しいことが書かれていました。

 

この感覚と似たもので、なぜスーパーに違和感を持っているかというと、体験がないからです。一つの野菜を作るのに土作りから始まって、苗植え、手入れ、水やり、収穫などといった苦労を販売する過程でやっていると思うんです。なのに、スーパーはその過程が全く見えないし、聞くこともできません。

しかし、共同販売店はレジにいるおばあちゃんやおじいちゃんがエピソードという体験を提供してくれます。「これはね、あそこの○○さんが作ったんだよ。今年は台風があって少し量が少なかったみたいだけど、かろうじて残ったのがいま売られているんだよ」と。

 

このできる過程のエピソードを聞くだけでも、共同販売店で「お金」を使いたいなと思いませんか。

 

ぼくは沖縄県にあります古宇利島で、大学1年生から3年生までの3年間、さとうきびの苗植え、収穫、黒糖つくりをお手伝いさせてもらっていました。黒糖つくりを行う小さな工場は来客した人が作っている様子を見学できるようにオープンにしていました。オープンにしているので、甘い匂いや煙が外に出ていきます。それにつられて観光客の人や古宇利島に遊びに来た人たちがふらーっと立ち寄るわけです。

そして、出来立ての蜜(固まる前のもの。これが本当においしいです)や黒糖を振る舞って、目の前で「あっつ!」「おいしい」「こんなの初めて食べた」などといった感想を聞くことができます。

僕はこの瞬間がとても大好きでした。

そして、代表のおじちゃんが「ここの黒糖はうまいんだよ」って自慢気に語るのです。

僕はこう語るおじちゃんの背中がとても大好きでした。

今はおじちゃんが体調不良でサトウキビ生産を辞めてしまいました。あの輝いた一部分をもう見れないのかと思うと、少しさみしい気持ちになります。

 

この経験があるから、僕は「お金」の使い道を考えて、誰にお金を落とすのか、なぜ落とすのかを考えながら生きていこうと決めました。

「食」以外でも同じだと思います。

髪切るための美容室や理容室、洋服購入、食器、家電製品など。

 

高いモノは買わない、安いモノは買う。

これだと心まで貧乏になってしまいそうです。

高いモノには何かしらの唯一性がある背景や想い、デザインがあると思います。

安いモノは全部とは言いませんが、とりあえず大量生産されたモノなのかもしれません。

 

「最近は野菜が高い」

 

よく耳にします。しかし、いまあなたがその野菜を目の前にしたとき、作ってくれた人の背景や想いを聞くことができれば、他の野菜より多少高くても、何の迷いもなく「買う」という選択肢を選ぶのではないでしょうか。

 

僕はそういう世界こそがすてきで、美しいと考えています。

 

「お金」の使い道を考える。

 

モノと体験を提供している場にこれからも「お金」を使っていこうと思います。

そして、僕が大好きな農業に貢献できればと思います。

 

農を学ばざるもの食うべからず

農について考えるキッカケを与えてくれたのは佐藤ゴーシ先生の「自炊男子」でしたね。農業と自炊の関わりについて非常に勉強になりました。

 

 

 あなたもぜひ、「お金」の使い道について考えてみてください。

 

 

 

 

それでは、また!